神奈川の伝統工芸品|KOUGEI EXPO in KANAGAWA

神奈川の伝統工芸品

伝統的工芸品は伝統的工芸品産業の振興に関する法律(昭和49年法律第57号)に基づき経済産業大臣の指定を受けた工芸品のことで、全国で244品目あり、そのうち本県で指定されているのは「鎌倉彫」「箱根寄木細工」「小田原漆器」の3品目となります。

神奈川の伝統的工芸品

鎌倉彫の画像

鎌倉彫

今から800年ほど前の鎌倉時代に、中国から禅宗とともに伝来した彫漆技法の影響を受け、仏師たちが仏具や仏像を制作したことが鎌倉彫の始まりと言われています。室町時代には仏具、江戸時代には茶道具、明治・大正時代には生活工芸品と、時代とともに変化してきましたが、細かい彫刻技法により、古来から息づいている質感と立体感の魅力を生かして花鳥などの題材をレリーフ状に彫刻した後、漆塗りを何度も繰り返して仕上げた、堅牢で気品と風格と美しさを備えた彫漆工芸品です。昭和54年に伝統的工芸品に指定されました。

箱根寄木細工の画像

箱根寄木細工

箱根寄木細工は江戸時代末期に箱根畑宿にいた「石川仁兵衛」が、箱根山の豊かな森を活かし、異なった材色や木目を生かしながら寄せ合わせた木工品を作ったことが始まりと言われています。精緻な幾何学文様を作り出した一定の厚みがある「種板」を薄く削り、木製品の外側に張り付ける「ヅク貼り」の技法と、種板を加工して作る「ムク作り」の技法があり、これらは国内唯一でオリジナリティの高い伝統工芸技術です。当初は乱寄木や単位寄木文様といった比較的シンプルなものが主流でしたが、機械や加工方法の発達とともに、現在では緻密でさまざまな模様の寄木細工が作られています。昭和59年に伝統的工芸品に指定されました。

小田原漆器の画像

小田原漆器

小田原漆器の起源は室町時代中期頃と言われています。その頃小田原にはろくろ挽きを得意とする集団が住んでおり、箱根や伊豆の豊富で良質な木材を利用した器作りが始まりました。かつては箱根山の木材を利用して木地のまま器物を作っていましたが、相模漆の産出とともに漆塗りが加わることで、今日の小田原漆器が誕生したと言われています。特徴は素材を活かした美しい木目が際立つ艶やかな仕上がりです。丈夫でゆがみが少なく実用性に優れています。高い挽物技術で木地を作り、トクサ(植物)やペーパーなどで磨き上げた後、ケヤキ材の木目の美しさを生かすため、生漆を何回も摺り込む「すり漆塗り」と透き漆を重ねて仕上げる「木地呂塗り(きじろぬり)」に特色があります。昭和59年に伝統的工芸品に指定されました。

神奈川の郷土工芸品

神奈川県内には、横浜スカーフ、津久井の組紐、横須賀スカジャン、大山こま、小田原工芸鋳物など、各地域で受け継がれてきた郷土工芸品があります。

横浜スカーフの画像

横浜スカーフ

横浜スカーフは1859年(安政6年)に横浜が開港されて以来、盛んになった生糸の輸出の流れの中で生まれました。工法のひとつである手捺染(てなつせん)とは、型の上に流した染料を、スケージを使い手作業によって染め上げていく手法のことで、横浜スカーフの技術は、120年の伝統職人芸として有名です。世界最高の水準を誇る高度な手捺染技術、丁寧な縫製が特徴で、特に絹の薄地へのプリント技術は世界一とも言われており、明治6年のウィーン万国博覧会や明治13年のメルボルン万国博覧会へ出品されました。

津久井の組紐の画像

津久井の組紐

津久井の組紐は、大正10年に旧鳥屋村出身の佐藤時太郎氏が東京で創業した工場へ働きに出て技術を習得した津久井の人達が、帰村後次々に製紐業を興したのが始まりです。日本古来の渋みのある色彩から蛍光色まで組み合わせて作り出される組紐は数百種にもおよびます。大正時代後期から主に商業用として広がり、海外にも輸出され、技術的にも高い評価を得ました。

横須賀スカジャンの画像

横須賀スカジャン

スカジャンはヨコスカジャンパーの略称で、鷲・虎・龍などのオリエンタルな柄を刺繍したドブ板通りが発祥のジャンパーです。戦後、横須賀に駐留した米兵に向けて、自国へと帰還する際のお土産品、スーベニアジャケットとして作られはじめました。

大山こまの画像

大山こま

大山こまは大山詣りの代表的な土産品です。江戸時代に木地師と呼ばれる職人が、大山の豊富な木々を使って、お土産用のおもちゃとして独楽(こま)を作り始めたのが起源とされています。大山こまは、紅、藍、紫の3色が同心円状に描かれています。職人によって若干の違いはありますが、どれも回すとこの3色が美しく調和します。また、心棒は、根本が細く、先端に向かって太くなるように削り出されることに特徴があります。これは「寿命独楽(いわゆる喧嘩独楽)」という遊びをする際、他の独楽がぶつかっても倒れにくくするための工夫であるとされます。職人が伝統を守り丹精を込めて作る大山こまは、木肌の温もりを感じられ、よく回ることから「金運がついて回る」、丸みのある形から「円満」などといわれ、商売繁盛や家内安全の縁起物として、今日まで親しまれています。

小田原工芸鋳物の画像

小田原工芸鋳物

小田原工芸鋳物は、1534年(天文3年)に河内から来住した山田治郎左衛門が鋳物業を開いたことが始まりであると「新編相模国風土記稿(幕末編集)」に記され、城下町・宿場町小田原が栄えると共に発展してきました。主に銅合金の一つである砂張(さはり)による鋳造を得意とし、仏鈴や風鈴は余韻が長く音色がよいため、「鳴物」としての評判が高い工芸品です。

小田原箱根地域の木工製品の画像

小田原箱根地域の木工製品

小田原・箱根地方の木工製品は、平安時代の初期頃より源流を見ることができます。豊富な木材が伊豆半島から箱根山系にあったことや、東海道の街道往還者や箱根への湯治客の増加にともないお土産品として生産が活発になり、幕末の開港時には下田、横浜へも出荷されました。現在では漆器、小箱類(寄木)、食卓用品、観光工芸品などの多品種の木工芸品産地として、国内外で広く評価を得ています。